岡山大学では1999年、精神科医、泌尿器科医、産婦人科医、形成外科医の4診療科が集まり、「岡山大学ジェンダークリニック」として活動を開始し、2000年から正式に性同一性障害に対する診断から手術療法までを含む包括的医療を行ってきました。
岡山大学病院では日本精神神経学会が「性同一性障害に対する診断と治療のガイドライン(第3版)」を定めており、それに従った診断・治療を行っています。
精神科医による面接と必要に応じて心理士による心理検査を行い、性の自己意識(つまり心の性)を決定します。また、身体の性については、それぞれ泌尿器科、産婦人科にて、染色体検査、実際に体の診察などを行い、決定します。それらを総合的に判断し、性同一性障害の診断がなされます。
まずは精神科領域の治療を行い、この中で性同一性障害の診断の確定、精神的サポート、望む性での実生活体験などを行います。それでも性の違和感が強く、苦悩が続いている人は身体的な治療を行うことができますが、それには、月1回開催されるジェンダークリニックでの適応判定会議で承認されることが必要です。身体的治療の中には、ホルモン療法、乳房切除術、性器に関わる手術(性別適合手術)が含まれます。第3版のガイドラインから、身体的治療はどれから始めてもいいことになっていますが、実際にはホルモン療法から開始し、その後、性別適合手術を行う場合がほとんどです。
泌尿器科では主に男性から女性(Male to Female; MTF)の診断と性別適合手術、女性から男性(Female to Male; FTM)の男性ホルモン療法を担当しています。この中では、FTMに対する男性ホルモン療法について紹介します。
男性ホルモン療法は主に注射剤が使用されています。具体的にはエナント酸テストステロンデポ製剤を1回125mgか250mgを2〜3週間ごとに筋肉注射します。一般的な効果としては治療を開始してから、数ヶ月で生理がとまり、声が低くなります。体の毛が濃くなり、筋肉もつきやすくなります。その他、陰核の肥大、性欲の亢進を進めます。
FTMに対するホルモン療法の効果 |
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これらの効果は、ホルモン療法を開始して、早くて1ヶ月から6ヶ月ぐらいまでに出現します。ただし、ひげなどの体毛の増加や、体格の変化については個人差があります。副作用としては、多血症、血栓症、体重増加、肝機能障害、脂質代謝異常、重症なニキビなどがあり、定期的な診察、血液検査は必要です。
FTMに対するホルモン療法の副作用 |
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しかし、これまでの我々の経験では、現時点では、ホルモン療法を中止しなければならないほどの重篤な副作用を認めた例はほとんどありませんでした。
遠方から来られている人の場合には、近くの病院をご自分で見つけてもらって、その病院に紹介しています。普段はその病院でホルモン療法をうけて、開始3ヶ月目、6ヶ月目、その後は6ヶ月毎に1回、私どもの外来を受診していただき、効果、副作用についての面接や血液検査を行います。血液検査は血算、肝機能、腎機能、脂質(コレステロール、トリグリセリド、HDLC)、血糖値、テストステロン、エストラジオールを測定しています。そこで問題があれば、適宜、ホルモンの投与量、投与間隔を調節しています。
男性ホルモン投与量については、男性の生理的テストステロン濃度(およそ250-1000mg/dl)を保つ程度が適切とされており、多ければよいものではありません。我々は、1回投与量125mg/2週間間隔と250mg/2週間について検討しました。その結果、6ヶ月を経過した時点で両者の間で、効果の発現率に差はないことがわかりました。また、125mg/2週間でも男性の生理的テストステロン濃度が保たれていることが多く、現時点では125mg/2週間を勧めています。